INTERVIEWEE

一般社団法人チームスキル研究所 代表理事、コ・ファウンダー 田中信氏

大学卒業後、芝浦工業大学大学院 工学修士課程修了。日本能率協会コンサルティングにて20年以上にわたりコンサルタントとして企業・組織の改革・改善活動の支援に関わる。対象は、研究開発、商品開発、新規事業開発など企業・組織内での「新しい動き」をつくる活動を中心とする。人と組織の力を最大限に引き出す支援として、キヤリアビジョン開発、コーチング、ファシリテーション、リーダーシップ、社内コンサルタント育成などのヒト系ソリューション事業を開発してきた。2009年独立。現在までエグゼクティブ・コーチング、職場開発(チームスキル)、社内改革推進者養成や内製化など企業や団体の改革を支援している。2012年一般社団法人チームスキル研究所を設立。その後、日本経営支援センター執行役員、一般社団法人日本能率協会 KAIKA Award検討委員、wevox組織・人財アドバイザーを兼務、現在に至る。

大企業の上司…かつては誰もが憧れ、目標としていたそのポジションが、今大きな変化のときに来ています。コンプライアンス強化、ハラスメント問題、ダイバーシティ対応、そして働き方改革に組織開発…目まぐるしく変化する時代の中で、会社から疾風怒濤のごとくタスクを課され、こなすのに精一杯…。過去に学んだマネジメントやリーダーシップの取り方も、ほとんどが通用せず、自分が経験したことのない類の組織マネジメントを部下にしなければいけない。そんな上司たちに対して、「厳しい状況を悲観せず、今こそ“チーム”で解決するときだとポジティブにとらえてほしい」とアドバイスを送るのは、チームスキル研究所所長として、数々の大企業の組織改革を手掛けてきた田中信さんです。大企業の上司が抱える悩み、反省してほしい点、そして明日から行なえる職場マネジメント体験ワークまで、30年間の日本経済の背景とともに語っていただきました。

 何でも管理職のせいになってしまう

―“大企業の上司”は、様々な社会的変化が起きる今の時代において非常に厳しい立ち位置にいますね。

その通りです。一番大変なのが、何でもかんでも管理職にタスクが振られる構造的な問題です。コンプライアンスやハラスメント対策、ダイバーシティ対応、そして働き方改革、組織開発に1on1…。本来はそれぞれにおいて重要性が高く、対応方法も様々なはずのテーマが、タスクとして部長や課長を始めとした管理職に振られる。大企業であればあるほど、法務部や経理部など多くの部署があり、第一線の管理職が対応しなければいけないタスクも多岐に渡ります。

―具体的にはどのようなタスクがあるのでしょうか?

最近特に増えているのが、残業時間管理です。多くの企業が残業時間を厳格に管理するために、申告制を導入していて、その管理が非常に大変だという声をよく聞きます。部下からは、「これこれ、こういう理由で残業をする」と申請が届き、管理職は承認をします。そうした申請を毎日、定時前にチェックし、必要であれば申請者本人に話を聞いて、残業の可否を判断しなければなりません。残業時間が多ければ、部長や管理部門は理由を把握するために確認作業も必要になってくる。部長職は職場の現状をよく把握できないまま、第一線管理職を指導しなくてはならないのです。

―今、一番センシティブな問題ですからね。ニュースにもなりやすいです。

そうなんです。大企業であればあるほど、管理職の判断ミスが発端となって、大きなニュースとなって報道されます。他には、経費申請のチェックもシビアですね。交通費や諸経費の扱いが昔ほど緩くないので、1円でも違っていたら経理部などから指摘が管理職に入ります。こうやって何か問題があったら、「とりあえずその部署の管理職に指摘しておこう」となるのも大きな問題ですよね。経営側も、管理職の責任にしておけばいい、と丸投げしているように見えます。

―上司の役割って本来何なのだろう…? と思ってしまいます。

私は、率直にかわいそうだと思うことが多いですね。当然、ビジネス面の目標も優先度を高めて取り組まなければいけません。タスクオーバーと言ってもいいでしょう。だから、実際には、「各管理職は自分ができる範囲で、または会社の優先順位が高そうな所だけ対応している」というのが現実です。

―そんな中で、部下とのコミュニケーションやチームマネジメントにまで意識が回るのか…。

残念ながら、難しいでしょうね。「エンゲージメント」「組織サーベイ」と聞いた途端、たぶん耳を塞ぎたくなる人がほとんどですよ。「また新しいことをやるために本業に当てている時間を割かないといけないのか…」。これが、多くの大企業の管理職の本音ではないでしょうか。「部下と組織の力を引き出して、チームを機能させる」ことが本来の上司としての役割のはずですが、そこまで意識を回す余力がない状況です。

「0→1」を経験できなかった世代

―なぜ、こうした構造的な問題が生まれてしまったのでしょうか?

それを考えるには、一度時計の針を1990年前後にまで戻す必要があります。当時は、バブル真っ盛りで、経済は右肩上がりでした。同じことをしていれば、勝手に売り上げが上がっていく。よい品質のものを大量生産して、できるだけ安く売ることで、利益を得る。そういった「生産性向上と品質管理のHOW」ばかりが求められていた時代です。

さらに、組織の規模が拡大していくことで、分業化が進んだ時代でもありました。部署が細分化され、次第にセクショナリズムに陥っていったのです。

現在50代で管理職を務める人たちは、こうした時代に若手時代を過ごしています。新卒採用も活発で、いわゆる売り手市場。企業側が、高学歴の学生に豪勢な社員寮などの入社特典を用意して「ぜひ、うちに来てください」とおもてなしをするようにして、就職活動が行なわれていました。

―内定辞退されないように内定者を旅行に連れていく、という話を聞いたことがあります。

それくらい、企業もゆとりがあったんですよ。上司が答えを持っていた時代でもありました。だから、上司といい関係性を築くことが、出世にもダイレクトに影響するので、今ほど上司と部下のコミュニケーション不足は起きていませんでした。多少上司が嫌だろうが、我慢さえして気に入られれば将来の出世は約束されている、と言っても大げさではなかったのです。

しかし、そうした時代背景により1つ問題が起きます。上司の言うことをそつなくこなし、「前年比」ベースで少しずつ業績を伸ばしていく。言うなれば10まで成長した事業を着実に成長させていく「10→11」のスキルを身に付け、成功体験をした人が今の管理職には多い。だから、いまだに前年比という視点だけで目標を立てる人がほとんどです。変革ではなく、いかに失敗しないで業務を遂行するか、がメインミッションでした。

ただ、変革の時代の今、「10→11」ではなく「0→1」が求められています。この「0→1」を体験してこなかった、できなかったのが今の管理職の世代には多くいるのです。

―なるほど…。確かに、今の管理職世代がどういうビジネスの変化を経験してきたのかは、あまり考えたことなかったです。

そして、90年代の半ばに差し掛かり、バブルが崩壊。日本経済はシュリンクをし、大企業は一気に保守的なスタンスを取るようになります。

同じことをしていては売り上げが上がらないと分かっていても、「0→1」を経験している人がほとんどいないので、新規事業も上手く立ち上げができない。そこで企業は、リスクを取ることをせず、すでに成熟している事業をとにかく守ることを優先するようになります。資本的に体力のある大企業ほど、こうした傾向は顕著でした。

―リストラという言葉が広まったのもこの時期ですね。

バブル期に大量に採用をしたので、人員の整理が必要になったのです。できるだけ有能な人を会社に残し、貢献する可能性が低い人には転職してもらう。当時、企業が転職してほしい人のために転職支援プログラムを提供していたほどです。このように、大きな流れとして90年代はバブル崩壊から保守的へ、という時代でした。

 

中途半端な成果主義によって、ギスギスした職場に

 ―2000年代に入ってから状況は変わったのでしょうか?

いえ、2000年代(以下00年代)に入ってもすぐには変わりません。ロストジェネレーションと言われる90年代後半〜00年代前半にかけて就職難にあっていた世代が誕生していました。今の30代後半〜40代前半ですね。大企業でも、役職に就いている人が多いでしょう。この世代は、就職氷河期と重なったせいで、後輩がいない時期が続いた人が多くいました。

つまり、後輩の面倒を見る、いろいろと教えるという経験が乏しいまま、年次を重ねていったのです。ですので、この世代は年下との関係性構築が苦手な人が多く、マネジメントに苦労をする人たちも多いのが私の印象です。

そして00年代にはいまだに大きな爪痕を残す、組織経営の「負のムーブメント」が発生します。

―なんでしょうか?

評価制度に成果主義が取り入れられ、個人の成績によって評価が行なわれるようになったのです。それまでは組織単位の売り上げなどで評価がされていたので、OJTも機能していました。しかし、個人主義が悪い方向に働き、「自分の成績さえ良ければいい」という風潮が多くの企業で蔓延。OJTは機能しなくなり、会社内の雰囲気がギスギスし始めます。

アメリカで流行っていた経営手法を、そのまま取り入れたのが良くなかったのでしょう。個人主義に慣れていない日本企業は、評価基準も曖昧なまま成果主義を導入し、多くの社員間で疑心暗鬼を生み出してしまったのです。例えば、「周りを巻き込んで業務を遂行する」ことを評価軸に据えている企業もあります。一見良さそうに思えますが、あくまで個人を基軸にしているので、チームが有機的に機能するための効果はありません。「困ったら誰かを巻き込むことで評価される。巻き込まれた方の仕事ぶりはあまり評価されない」という極端な事例も生まれてしまったのです。

結果的に、要領のいい人は、できるだけ楽で、かつ見栄えが良く、表面的な数字が出やすい仕事ばかりをこなすようになりました。逆に、地味で困難な仕事なうえに、数字上では成果が見えづらい仕事をしている人の評価が上がらない。仕事の奪い合い、なすりつけ合いのようなことが頻繁に起き、実質的な会社への貢献ではなく、仕事の表現力が上手い人が出世するようになりました。

―管理職の評価基準はどうなったのでしょうか?

管理職個人の成果を測るようになったので、いかに部下に指示を出して、動いてもらっているかにより重きを置くようになりました。その結果、チームが一体となって、目的や情報を共有し合いながら業務を遂行することは、コミュニケーションコストがかかるからと、バッサリと切り捨てられてしまった。いかに短時間で、管理職の指示のもとに部下が業務を遂行するか、が評価基準になったのです。

部下の意見を聞いて、丁寧にコミュニケーションを取りながら業務を遂行する管理職は、「部下を掌握できていない」として評価されない傾向が生まれてしまったのです。

―うーん、なんだか重い話ばかりですね…。

さらに重くなるんですけど、この頃大企業から多くの優秀な人たちが辞めていっているんですね。リストラとは違い、自らの意思で出ていきました。辞めていく人の多くは、保守的な企業の姿勢やギスギスした職場の雰囲気に嫌気がさしていたのです。その人たちの多くがどこに行ったかというと、当時伸び始めていたITベンチャー系の企業です。

―ライブドアやサイバーエージェントなどが勢いを持ち始めた時期ですね。

そういった企業が受け皿となって、優秀な人たちは新しい世界に飛び立っていった。一方、愛社精神があったのか、飛び立つほどの能力はないと諦めてしまったのか、大企業に残る人も当然いました。

−あるいは、そうした時代の変化にも気付けないくらい、企業倫理に染まった人もいたと思います。

いかなる理由にせよ、その時期に残った人は今でも同じ会社に残っている人が多いです。00年代後半には、一時的に景気が回復をしますが、2008年のリーマンショックにより、世界的に経済状況が後退することになります。

 

(次ページ) 2010年代の管理職が直面する課題とは…?

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