不動産業界向けのITサービスを数多く手掛けるイタンジ株式会社は、エンジニアチームと営業チーム、カスタマーサクセスチームで構成されているスタートアップです。創業以来、エンジニアの働き方に合わせ、コミュニケーションはオンライン重視という方針でした。しかし、営業、カスタマーサクセスチーム内で次第に会話がなくなり、「隣の人が何をやっているかわからない」というコミュニケーション不足の状態に。この状況を危惧した営業チームの2人が、打開策として「定例ランチ会」を始めたところ…。
営業部長 青木千秋氏
1985年生まれ。大学在学中に古着のEC販売で起業。大学卒業後、ユニクロに新卒入社。半年後の店長試験を全国1位で通過し、着任後初月の売上達成率では全国7位を達成。その後、ブシロードに入社し、営業マネージャー、開発プロデューサー、子会社社長を経験し、2017年にイタンジに入社。イタンジでは、営業部長とCloud ChintAIの事業責任者を兼任。
営業責任者 毛利匠氏
京都大学経済学部卒。卒業後は株式会社ザイマックスにてオフィスビル、商業施設、物流施設のプロパティマネジメント業務に従事。
PR/カスタマーサクセス 安藤のこ氏
1993年生まれ 福岡県立筑紫中央高校卒。不動産とは全く無縁の業種の事務や営業を経験し、2017年イタンジに入社。
話しかける前にSlackで確認
– イタンジでは、仕事中はオンラインでのコミュニケーションを重視しているそうですね。
(青木)はい、創業以来のカルチャーですね。エンジニアを大切にする会社なので、彼らの働き方やコミュニケーションの方法がそのままカルチャーになっていました。
(毛利)業務上の会話も雑談も、基本的にはSlack(スラック)です。営業職の我々には正直馴染みのない文化だったのですが、そういうものなのかな、と受け止めてはいました。
(青木)エンジニア、セールス、カスタマーサクセスチームの席はそれぞれ固まっています。席も近いので、エンジニアが集中している横で、大きな声で会話をするのも気が引けるため、我々も社内にいるときは黙々と作業していることが多かったです。
– そうしたなか、自然と「会話しちゃいけない」空気が出てきてしまった、と聞いています。
(毛利)はい、営業職同士なのに話しかけるときにSlackで「今、会話できますか?」って聞くようになっていました。ちょっとした相談でも一回カレンダーで招待してから…とか。どんどんコミュニケーション不足に陥っていました。
(青木)違うサービスを担当する営業のメンバーが何をやっているのか、ほとんど把握できない状態にまでなっていましたね。各サービスで同じクライアントを持っていたりもするのですが、同じ日にそれぞれでアポを入れていた、なんてこともありました。
– それは、深刻なコミュニケーション不足ですね…。2人はそうした空気をどう感じていたんでしょう?
(青木)カスタマーサクセスの人から仕事で何かをお願いされるとき、Slackの文面だけ読んで「あれ、なんか機嫌悪いのかな?」と思うこともありました。考えてみれば、その人と深く話したこともないので、どういう気分でそのメッセージを送ってきたかもわからないんですよね。そういうちょっとしたすれ違いというか、パーソナリティを知らないが故のもどかしさみたいなものは感じていました。
(毛利)仕事上で得たノウハウの共有もできていなかったので、組織にとっても大きな機会損失にはなっているな、と感じていました。いわゆる、「セクショナリズム」になっていたんです。
(青木)あと、やっぱり…さびしかった…(笑)。隣の人のパーソナリティや仕事に対するモチベーションが分からない中で仕事するのって、さびしいですよ。それで、昨年の秋ぐらいから、何とかしなきゃという話を毛利としていたんです。

一発逆転の「定例ランチ会」
– オンライン重視は創業以来のカルチャー、ということでしたがイタンジは今年で6年目を迎えます。最近までそうした問題は表面化されてなかったのでしょうか?
(青木)個々人では何か感じていたかもしれませんが、組織の課題としては表立ってはいませんでした。というのも、もともとは20人ぐらいと人数も少なく、コミュニケーション不足がそこまで大きな問題にはなっていなかったからです。それが、昨年の春から秋にかけて、倍近く人数が増えて…。
(毛利)新卒採用、中途採用とか事業統合とかいろいろなタイミングが重なったんです。そうなった時に、いよいよコミュニケーション不足をどうにかしないとな、と。
(青木)それで、CTOにどんな風にまとめているのか聞いて見たんですよ。そうしたら、週1回の定例ミーティングで、「とんかつ屋さんにかわいい子がいたっていう話なんかもしてる」って言うんですよ(笑)。
– ミーティングというからには、もっと真面目なものを想像していた、と。
(毛利)もちろん業務内容についての共有もしているとも聞きましたが、そこまでフランクな会話をしているのは驚きでした。一方で営業やカスタマーサクセスは、そういった交流の機会を設けていなかったので、新しい人が入ってきてもほとんど会話をしたことがなかったり、何をしているかわからない人がいたり。
(青木)それで、営業とカスタマーサクセスチーム合同でとりあえず会話をする場を設けよう、ということでランチ会を始めたのです。
– 深刻なコミュニケーション不足からの一発逆転を狙った策。
(青木)それが「ランチ会」という(笑)。とにかく会話が必要だったんですよ。
(毛利)昨年の11月からスタートしました。隔週で2時間、社内で各々食事を準備して。もちろん強制参加ではなく、お客様との約束がある場合はそちらを優先してOK、ということにしています。話すテーマは特に決めずに、自由に会話をする、という形です。人数は毎回10人前後は参加しています。
(青木)「全員1回は発言をする」ということは私と毛利の中で決めていました。ただ、メンバーに伝えると、変に構えてしまうので、明言はしていない「裏ルール」のようなものです。話すことに意味がある会なので。
(毛利)特に、最初の頃はどうしても知っている人同士で喋ってしまう傾向にあるので、均等に喋ってもらうようにかなり意識しました。せっかく来たのに、ただご飯だけを食べて会話をしなければ意味がありませんし。押し付けにならないよう、会話を促すようにしていました。
– 最初にランチ会をやろう、という呼びかけは青木さんからしたのですか?
(青木)私からやりました。正直、最初はどういう反応が返ってくるか、ちょっと怖かった…。それで、いきなりランチ会って言いづらかったんで、最初は「報告ミーティング」っていう堅めの呼び方にしていたんですよね。前半1時間で食事、後半1時間で業務報告会をしようと細かくタイムスケジュールも書き込んで、メールを送りました。
(毛利)最初のハードルは、自分たちで勝手に高く感じていました。でも、案外みんなすんなり受け入れてくれて。初回から、他愛もない会話で盛り上がったんですよね。あまり、仕事の話はしないで、プライベートのこととか、普段の業務は何をやっているか、とか。そのときに初めて何をやっているか知る人もいました。
(青木)最近はみんな慣れてきて、笑いあいながら雑談をできています。僕がカレンダーに予定で「ディズニーオンアイス」って入れてたら、みんなですごいからかってくるんですよ。
(毛利)いや、からかってないですよ(笑)してないしてない。

ただしゃべるだけで、得ることもある
– 短期間で人数が増え、オンライン中心のコミュニケーションだときっかけがないと会話が生まれない、というのもわかります。
(青木)不動産業界の営業って、外回りや出張の時間が多いんですよ。そんな中で、強制的ではないにせよ、定期的に「仕事以外の話をする場」を2時間設けたのは大きな1歩だったかな、と。
(毛利)業務時間にこんなことしていいのかな、という抵抗感もありました。ただ、仕事をするうえではコミュニケーションも必要ですし、代表からもアドバイスがあったんですよね。
(青木)そうそう、代表の伊藤は心理学に精通していて、コミュニケーションの課題について相談したんです。そのときに言われた「インプットしたらアウトプットしなきゃだめだよ」という言葉が印象的で。勉強会にいく、本を読む、そうしてインプットした情報を外に出さないと、次のインプットができない、って言うんですよ。とにかく、しゃべるだけでもアウトプットになるし、得られるものがある、と。
– ランチ会に対する「話すことに意味がある」という考え方は代表のアドバイスも影響しているのですね。スタートして約半年ですが、効果は感じていますか?
(青木)はい、結論から言うとやってよかったです。大きなところはやはり、「人となり」がわかったこと。Slackのコミュニケーションも円滑に進むようになりました。文面では無愛想に見えても、「ああ、この人はこういうタイプだから別に不機嫌な訳じゃない」って思えるようになったのは大きいです。
(毛利)ミスコミュニケーションも減りましたね。相手の経験値とかも把握できて、伝えようとしている微細なニュアンスも分かるようになりました。こちらから伝える場合も、人によってどれぐらい丁寧に説明したほうがいいかの判断がつきやすくなった。
(青木)あと、「分からないことを分からない」と言えるようになったことも大きいですね。
(毛利)ああ、確かに。お互いを知らないと、虚勢を張ってしまうこともあるじゃないですか。本当は分からないのに、分かってる振りをするような。そういうマウントの取り合いはやめて、お互いどんなことも伝え合えるようになろう、という空気感が生まれたのはすごく良かったですね。「心理的安全性」がかなり高まったのではないでしょうか。安藤さんはどうですか?
(ここから、同席していたカスタマーサクセス担当の安藤さんも会話に参加)
(安藤)営業部との距離感が縮まって、すごく仕事がやりやすくなりました。カスタマーサクセスは、営業からバトンタッチしてクライアントのサービス利用をサクセスする役目です。バトンタッチの際に、書面で営業からクライアント情報をいただくのですが、うまく伝わらないこともありました。先方の担当者は男性と書かれていたのに、実際は別の女性の方が対応する担当だったりと、細かな食い違いが多かったんです。
(毛利)ありますね。営業からすれば、伝えている気になっている。
(安藤)そういった時に、今までは書面だけを頼りにしていたのですが、ニュアンス的に掴んでおきたいことを、すぐに口頭で聞けるようになりました。例えば、営業のメンバーから「相手はIT企業なので深くサービスのことを知りたがってるから、説明は手厚めにお願いしますね」と伝えていただいたり。こうした微細な情報を知っていると知っていないでは、その先のサポートも変わってきます。口頭なら伝えるのは一瞬ですから。

当たり前のことでも「やるか、やらないか」は大きな違い
– 仕事面でも活性化につながっているということですね。
(青木)ランチ会をきっかけにプロジェクトも1つ生まれましたよね。安藤さんの提案じゃなかったですっけ?
(安藤)はい、そうです。クライアントのことももっと知りたいな、と常々思っていて。イタンジのサービスを導入していただいているクライアントさんをお呼びして意見交換会をするのはどうか、と提案したんです。
(青木)そうしたら、一緒にやろうよというメンバーが集まって、すぐにその場で開催日を決めたんですよね。それからは、誰ともなく「カクテル作ろうか」とかいろいろな意見が出てきて(笑)。意外にみんな前向きで。
(安藤)初回で70人近く集まったんです。カスタマーサクセスって、直接お客様と会う機会が少ないので、生の声を聞けたのは大きかったです。
(毛利)それから、業績も上がったんですよね。
– え!そうなんですか。ランチ会のおかげで…?
(毛利)記事としてはその方が面白いんでしょうけど、さすがにそこまで直接的には関係はしていないです(笑)。ただ、間接的には業務にいい影響を及ぼしているのは間違いないと思います。
(青木)個人的には、マネージャーとしての新しい在り方、というのも気付かされたんですよね。それまではマネージャーって「あなたはこれやって、あなたはそれやって」と指示するのが役割だと思ってました。でも、ランチ会などを通して、そんなにガチガチに指示をしなくても組織って回っていくもんなんだなということに気づいたんです。これまでの感覚で言えば、「マネジメントしているのか?」と、不安な気持ちにもなるんですが、組織が活性化されているのは間違いない。ただ単に、これまでの自分が固定観念にガチガチに縛られていただけなのかな、と考えるようになりました。
– 青木さんのマネジメントの取り組みとしても新たなチャレンジでもあり、視野を広げるきっかけにもなった、と。改めて、以前のコミュニケーション不足に陥っていた状態を振り返ってみてどうですか?
(青木)以前の状態の何がいけなかったのを考えると、オンラインコミュニケーション「だけ」になっていたことがダメだったんだと気付きました。Slackはあくまでツールで、オフラインでのコミュニケーションの延長線上にあるもの。オフラインのコミュニケーションができていないのに、オンライン上でいくらがんばってメッセージを送っても、気持ちの伝わり方には限界はあります。「人となり」を知っているからこそ、Slackでのコミュニケーションが活きてくる。
(毛利)ありきたりな答えになるかもしれませんが、コミュニケーションのバランスってすごく大事なんだと学びました。新しい人が増えたりしたら、オフラインを重視しなければいけない。逆に会議ばかり増えても時間の無駄なので、オンラインで効率化できる部分はすればいい。
(青木)そうしたバランスを取るために、ランチ会は大きな効果があると思っています。コミュニケーション不足やセクショナリズムに陥りそうな組織があったら、「とにかく喋る」場を設けることをオススメします。当たり前のことに聞こえるかもしれませんが、「やるか、やらないか」は大きな違いだと我々も気づきましたから。
– 「会話をしてはいけないのでは?」という空気が広がっていたなかで、解決のための行動に踏み出したのはすばらしいことだと思います。今回のお話は、コミュニケーション不足に悩む多くの組織の参考になるはずです。本日はありがとうございました!
