INTERVIEWEE

エール株式会社 代表取締役 櫻井将氏

横浜国立大学経営システム科学科卒業。ワークスアプリケーションズにて営業部・人事総務部のマネージャーを経て、プロジェクトマネジメント会社のgCストーリーに入社。営業・新規事業開発と、健康経営を支援する子会社を担当。両社にてGPTW「働きがいのある会社」ランキングにてベストカンパニーを受賞。
「働きがい」を考える一般社団法人にて理事、「志」を発見する団体の主催、幼児教育に関わるNPO設立、経営者へのメンタリング・コーチングなどを通し、“個人の幸せ” と “組織の幸せ” の両立についての探究を行う。 2017年2月よりエール株式会社に入社。2017年10月より経営参画し、「YeLL(エール)」のサービス拡大に従事。

昨今、その重要性が見直され始めている「1on1」。11での話す場を重ねる、というシンプルな行為が持つ価値とは何なのか? そして、なぜ今の時代に1on1の重要性が叫ばれているのか? 1on1 を機能させるには何が必要なのか? 「クラウド1on1」サービスを展開するエール株式会社代表であり、メンタリング・コーチングを通し、個人の幸せ組織の幸せの両立を探究してきた櫻井将氏に、1on1の本質を紐解くための様々な疑問をぶつけてみました。

「会社という枠を超え、個人と個人がつながって支え合う世界」に共感したことが始まり

ー櫻井さんが1on1に興味を持ったきっかけは何でしょうか?

学生時代にサッカーに打ち込んでいた時から、「人のポテンシャルを最大限引き出す」ために何ができるかといったことに強い関心を持っていました。若いときは自分自身が対象の中心でしたが、社会人になりマネージャー職を務めるようになった25歳あたりから、チーム全体としてのパフォーマンスの最大化にも興味を持つようになりました。

20代の時は独学でメンバーとのコミュニケーションを試行錯誤していましたが、30代前半で、カウンセリング、コーチングの技術、知識に触れ衝撃を受けました。それまで実践でやってきたことが、科学的に分析され、体系化されていることにものすごく強い関心を抱いたのです。それから心理学、コミュニケーションについて学び始めました。

その後、エールにはどのような形で参画されたのでしょうか?

以前の会社に勤めている時、経営者向けにコーチングを行っていました。クライアントも増え、彼らの役に立てている実感もあったのですが、心のどこかで「経営者だけを相手にしていても効果は限定的だ。自分がやりたいのは、もっと現場のリアルな悩みを解決することだ」という思いがありました。

コーチをする多くの人は、「経営者が変われば、会社が変わる」と思って仕事に取り組んでいます。それは間違いではないのですが、本当はもっと直接的な形で、社員一人ひとりに寄り添いたいと思っているコーチが多いのも事実です。一人ひとりのパフォーマンスを最大化する関わりをしたら、組織が良くなる、という確信はありました。そうした中でエールに出会い「会社という枠を超え、個人と個人がつながって支え合う世界」に共感して、代表としてオファーを受けることにしました。

©️GC Story

1on1の流行は、組織内の価値観のズレとコミュニケーションの難易度の向上が理由

ー長年、メンタリングやコーチングを探求してきた櫻井さんですが、1on1の重要性が叫ばれている現状についてどう感じていますか?

1on1が注目を浴びている理由の1つに、上司と部下のコミュニケーションの難易度が上がってきている、という背景があります。一番大きな原因は終身雇用の崩壊による、世代間の価値観のズレでしょう。終身雇用前提で、1つの会社で育ってきた今の管理職と、「最初からずっとその会社にいるわけではない」という感覚を持っている若者の価値観のズレは誰もが感じていると思います。例えば、終身雇用前提で働いてきた人が言う「成長」と、その会社でなくてもいいと考えている人が言う「成長」はその意味合いが大きく違ってきます。

確かに終身雇用を前提としない考え方は、広がりつつあるように思います。事実、ここ数年、新卒社員の3年以内の離職率が30%を超えているというデータもあります(厚生労働省「新規学卒就職者の在職期間別離職率の推移」)。そうした価値観のズレがコミュニケーションの難易度を上げているのですね。

もう1つの難易度を上げている要因が、プレイングマネージャーの増加です。自分の仕事をこなしながら、チームの数字を追い、部下ともコミュニケーションを取る。でも働き方改革にのっとって残業はできずに時間が足りない。部下との関わりという観点で、マネージャーに求められるものは増え、コミュニケーションの難易度は増しています。

ー価値観がズレてきている上に、コミュニケーションにかける時間もなかなか取れない。多くの企業で上司と部下のコミュニケーション不足が問題になるのも納得です。

そうですね。また、SNSの登場も大きいと思います。昔からの友人が他の会社で働くリアルな様子を見られるので、どうしても比較してしまい、自分の会社、上司に対するネガティブな感情を抱きやすい面もあります。SNSでは比較的、他社の良い面ばかり見えてしまうじゃないですか。ハラスメントに対する社会の目が厳しくなり、仕事終わりにお酒を飲みに行ける機会も減り、会話も建前的な内容にセーブしてしまう場面も増えてきました。こうしてコミュニケーション不全に陥った結果、社員のパフォーマンスの低下や離職、業績の悪化など様々なネガティブな影響が出てしまうのです。

ーなぜ、これまでの日本企業は1on1を活用してこなかったのか、という疑問もあります。

今までは必要なかったからでしょう。経済が右肩上がりで、終身雇用が前提の時代は、多少嫌なことがあっても上司、会社の言うことを聞いていれば、役職が上がって、給料も上がっていきました。上司と密接なコミュニケーションを取ることが、キャリアステップの一部でもあったので、飲みの場や喫煙所など仕事以外の場で会話する機会も多かった。時代が変わり、コミュニケーション難度が上がってきたため1on1というフレームワークを各社取り入れ始めたのが今なのだと思います。

ーなるほど。1on1とただ会話をするのと何が違うのか、教えてください。

マネジャーが1on1で行うことは、主に2つあります。まず1つは、1on1を受ける相手の「社会における役割を見つける」ことです。会社という枠組みではなく、社会という枠組みの中で個人を捉える必要があります。その役割に気付けるか、気付けないかで、人のパフォーマンスには大きな違いが出てきますね。それからもう1つが、「心理的安全性を確保する」ことです。心理学や神経科学の観点で見ても、共感・承認・傾聴と言ったコミュニケーションは、心身のパフォーマンスを高めます。この2つが1on1を実施する際にとても重要です。

©️GC Story

適切な1on1は、個人のパフォーマンスを上げ、組織を強くする

ー社会での役割に気付くことが、どのようにその人のパフォーマンスに影響するのでしょうか?

自分の役割に気付くと、アウトプットの前にインプットの質が変わります。この数字、どういう意味があるかわかりますか?

134/200

ーいえ、さっぱりわかりません

人間の周囲には映像、音、匂い、触感など五感で認知できる情報が1秒間に200万ビットあると言われています。8ビットで1バイトなので250KB。たった1秒の間に、8,000行のExcelのデータ量が、私たちの周りには存在することになります。その内、人間は134ビットしか認知できていないのです。

ーたったそれだけですか。

そうです。試しに、今この記事を読んでいる人も自分の耳に意識を研ぎ澄ませると、エアコンや蛍光灯の音も聞こえるはずです。ただ、これは意識を向けてないと感じられない情報です。134ビットに入らない情報ですね。

ー話しかけられているのに、別のことに集中していて気付かないということもありますものね。

まさに、それは目の前の作業に意識が行っており、周囲の音を認知できていない状況です。つまり、人間は無意識の内に、情報を取捨選択していて、莫大な量の情報をスルーしてしまっています。どの134を選び取るかは無意識が決めますが、自分の役割が明確になると、選び取る134が変わっていくわけです。

ーなるほど。自分が認識した役割の中で、高い成果を出すための情報を意識的にインプットできるからですね。

そうです。だから、その人の「社会における役割」に気付くことは、長期的な成長やパフォーマンスの最大化につながるのです。有名な「引き寄せの法則」(講談社)というのも同じ原理ですね。それから、もう1つ面白いデータがあります。この図は、プロ野球選手の生まれ月の統計です。

47月が多く、そこからなだらかに減っていきます。

幼少期は同じ学年の中でも、47月生まれの人の方が相対的に体格も良く、パフォーマンスも高くなりやすい。周りからも称賛されやすいでしょう。「自分は野球が上手い」という自己認知ができやすい。自分がどんな人間であるかという認知は、結果に大きく影響を与えます。実際のところ、能力面で4月生まれと3月生まれでは大きな差はないはずですが、活躍する機会、周囲の声かけ、自己認知によって人生が変わってくる、ということを示しているデータです。

ーなるほど面白いですね。

1on1はこうした事例に近い効果を発揮できます。上司が部下の役割を認識し、そういう役割を持った人間だと思って接する。部下は「自分はそういう人間なんだ」という認知ができあがり、日頃の行動が変わってくる。そうやって、いいイメージを形成しながら、仕事に向き合える状態を作る、結果として個人のパフォーマンスを上げ、組織を強くするのが1on1の効果だと思います。

効果的な1on1を実施するための3つのポイント

ーとはいえ、今マネージャーを務めている人の多くは、自分では1on1を経験したことがない人がほとんどです。いきなり、部下に役割に気付かせたり、パフォーマンスを高めたりといった効果を1on1で得るのは難しいと思うのですが

そうですね、効果的な1on1を実施するためには、3つのポイントがあると思っています。1つ目は、「良質な1on1体験をしていないマネージャーに、良い1on1はできない」ということ。2つ目は、「マネージャーだけで1on1の目的を全部果たすのは難しく、色々な人と協力して目的を達成していく」という考え方を持つこと。3つ目は、「“Self Awareness”。マネージャー自身が自己理解をし続けようと努力する」ことです。

ー詳しく教えてください。

まず1つ目、「良質な1on1体験をしていないマネージャーに、良い1on1はできない」。

マネージャー自身が、良質な1on1、つまり「社会における役割を見つける」「心理的安全性を確保する」ことができるような1on1を受けたことがあるかどうか、が重要です。美味しい料理を食べたことがない人が、美味しい料理を作るのは難しい。それと同じで、自分が体験したことのない良質な1on1を自ら誰かに提供するというのは、とても難しいです。

ただ、これに関しては直接の上司から受ける1on1だけのことを言っているわけではありません。昔の会社の先輩や社外の友人との良質なコミュニケーション体験があれば、自分でも提供することができるようになります。1on1をする上司自身が、そんな体験を持っていることは大事ですね。

―2つ目の「マネージャーだけで1on1の目的を全部果たすのは難しく、色々な人と協力して目的を達成していく」とはどういうことでしょうか?

マネージャーは万能ではありません。できることには限りがあります。マネージャーの多くはプレイヤーとして成果を出したり、年齢が下のメンバーが入ってくるからこそマネージャーになります。その段階でマネジメントが得意だからマネージャーになっているわけではないのです。それを認識した方がいいと思っています。

1on1導入の目的は各社違いますが、少なくともマネジメントやコミュニケーションの専門家ではないマネージャーが、全ての目的を1人で果たすことは難しいことを認識したほうが良いです。とくに、先ほどもお伝えした1on1を実施するときに重要な「社会における役割を見つける」「心理的安全性を確保する」というのは簡単なものではありません。できないところは誰かにお願いしながら、色々な人で目的を達成していくという姿勢で1on1に取り組んでみてはいかがでしょうか。

ーなるほど。では、3つ目の「マネージャー自身が自己理解をし続けようと努力する」について教えてください。

この図を見てください。

これは、人間がどのように行動を変えていくかを示した図です。これまでのマネジメントのほとんどが2番の思考レベルで、相手の行動を変えようとしていました。これは「本音は嫌だけど、上司、会社の言うことだから聞いておくのが正解だ」という、終身雇用前提のマネジメントの発想です。今の多くのマネージャーがこうしたマネジメントを受けていたので、ついつい自分も部下に対してそう接してしまいがちです。しかし、それでは本来の1on1の効果を得られません。大事なのはお互いが感情レベル、さらには身体レベルで「いい」と思えるような関わりをすることです。最近では「思考のマネジメントから、感情のマネジメントの時代になった」ともよく言われていますが、個人的には、その先に「身体知のマネジメントの時代」がくるのではと考えています。

また、いくら傾聴スキルや質問スキルを磨いても、感情をオープンにした対話や身体感覚に重点を置いた対話ができていなければせっかくのスキルも活かせません。それに、思考レベルでの行動変化を繰り返していると、精神的にダウンしたり、体に不調をきたしたりする可能性もあります。

部下の感情や身体感覚を大切にし、自己一致感をつくっていくことは大切ですが、その前にマネージャー自身が、どういったときに「嬉しい、楽しい」「つまらない、不安だ」といった気持ちになるのか、こういう時には「身体がこわばる」「声がうわずる」という身体反応が起きるのか、自分は何者で、どんな役割を持った人間なのか。そんな自己理解を高め続けることが、1on1をより良くしていきます。

1on1が組織を強くすることにどう繋がるのか、イメージが湧きました。

最後に、「どうしても自分は1on1が苦手だ」というマネージャーがいれば、別部署の上司に1on1をしてもらうなど、斜めの関係性を活用するのも考えてみてください。これまでお話しした内容は「直属の上司と部下」で実現できればベストですが、ポイントの2つ目でも挙げた「色々な人と協力して目的を達成していく」の通り、必ずしもその関係性だけでやらなければいけない、というわけではありません。マネージャーも、ぜひ周りを頼ってみてください。それでも社内だと利害関係が邪魔をしたり、適切な関係を築けない時があります。そんな時のためにYeLLも存在しています。

ーありがとうございます。1on1をただの会話、業務進捗で終わらせないようにするために、重要な視点をいくつもいただきました。

1on1は心理的安全性を確保して、その人の社会や会社における役割を明確にし、それによりポテンシャルを最大限に引き出すことにおいて有効な手段です。個人のパフォーマンスを上げ、組織を強くするとともに、エンゲージメントの向上ともとても相性がいいです。ぜひとも、相手の自己理解につながることを意識して、1on1に取り組んでください。私もいち上司として、みなさんと共に自己理解と1on1を磨いていきます。