INTERVIEWEE

トヨタ自動車ヴェルブリッツ フィジカルパフォーマンスマネージャー 一本杉仁志氏

ラグビー選手として、日新製鋼、豊田自動織機でプレー。その後、豪州、アイルランドで選手、コーチとしてラグビーに関わりながら、豪州キャンベラ大学で、コーチング、スポーツ科学を専門に学ぶ。スーパーラグビー、ブランビーズでS&Cコーチとして経験を積み、日本帰国後は、クボタスピアーズ、三菱重工業ダイナボアーズを経て、現職。

愛知県豊田市を拠点に、ラグビートップリーグに名を連ねるチーム「トヨタ自動車ヴェルブリッツ」。2018年からスタッフを対象にしたエンゲージメントスコアの計測をもとに、チームづくりに取り組んでいます。プロスポーツチームがエンゲージメントスコアを計測する意味、エンゲージメントがスポーツに及ぼす影響など、取り組みを率先するフィジカルパフォーマンスマネージャーの一本杉仁志さんに話を伺いました。

スタッフだって人間

ー ヴェルブリッツは2018年7月からスタッフを対象に「wevox」を用いてエンゲージメントスコアを計測しています。スポーツチームの導入はまだ事例が少ないのですが、どのような背景があったのでしょうか?

ラグビーチームのスタッフは、非常にタフな仕事をこなしています。業務内容が多岐に渡り、拘束時間も長い傾向にある。そうしたタフな仕事の中で、本人の思いをチームがどれだけ叶えられているのだろう、という問題意識がありました。

タフ、というと具体的には?

例えば、練習前後の準備や後片付け、練習メニューの構築、試合前後の情報分析から選手のケア、それに付随するミーティングなど業務の量が非常に多いんですね

みんな、それぞれの使命感を持って業務にあたってくれているのですが、そうは言っても人間です。仕事で落ち込むこともあれば、プライベートで問題があって気が散っている時もあるでしょう。そうしたスタッフへのケアがあまりできていない、という思いがありました。

ー そうした状態を改善すべく、まずはスタッフの状態を計測するためにwevoxを導入したのですね。

そうです。スタッフたちが5年後、10年後を描きながら、このヴェルブリッツで働く事の意義を見出し、やりがいを感じながら、成長できる環境整備が必要。その為に、スタッフの状態を数値化できるサービスがないか、探している中でwevoxの存在を知り、さっそく導入しました。でも、自分が東京のチームにいたらやっていなかったかもしれませんね。

ー なぜでしょうか?

東京は人口も多いし、仮にスタッフが退職したとしても、代わりが見つけやすい環境です。環境面や給与面でもいい条件を揃えやすいでしょう。でも愛知県でスポーツスタッフを探そうとしても、かなり難しい。スポーツスタッフの求人情報はかなり限られているし、条件も東京と比べて同じであれば、愛知県を選んでくれる可能性も少ないでしょう。

そうした中で、今ヴェルブリッツで働いてくれているスタッフに対してより良い環境を作っていかなければ、どんどん人が減ってしまう。そういう危機感もあって、エンゲージメントスコアの計測にたどり着いた背景があります。

 

データを扱うのはスポーツチームの得意分野

ー なるほど。実際に、エンゲージメントスコアを計測し始めてから、組織づくりの点で変わったことはありますか?

コミュニケーションの量を増やしました。スタッフの希望を叶え、エンゲージメントスコアを高めるためには、まずはスタッフの考えを知る必要があります。

その為、月1回、各パフォーマンススタッフと1on1でMTGを始めました。そこでは、業務以外の話をしたり、時にはプライベートの話もします。若いスタッフと話す時は、できるだけ自分は話さずに意見を聞くスタンスで臨んでいます。

ー 1on1 MTGを始めていかがでしょうか?

若いスタッフから、仕事以外でコミュニケーションを取れる機会が欲しい、という意見があったんです。それで、今は月1回、テニスやバレーボールを行ったり最近はレストランに行ってみんなで食事をしたりといったアクティビティを設けています。

そういった時間をスタッフが欲していたのは、1on1をやっていなかったら気付けなかったかもしれません。それから「健康」スコアが下がってきていたので、スタッフ自身がエクササイズする時間を取るようにしたいという思いもありました。

 

ー スコアの計測が組織づくりの取り組みのいいきっかけになっているんですね。

そうですね。自分自身もどういう取り組みを始めればいいのか、いい判断基準になっています。もともと、スポーツの世界はデータをもとに、チームの戦略や戦術を考えることが必要です。私自身もそういった仕事をしていますし、その考え方を、今度はスタッフに対して行っている感覚ですね。

ー スポーツチームがエンゲージメントスコアを計測するメリットはどこにあるんでしょうか?

ビジネスの世界もそうではないかと感じますが、部門ごとに一時的に利益が相反する時がどうしてもあるんです。ラグビーでいえば、選手をケアするメディカル部門と、選手を強化するストレングス部門が衝突する事。

メディカル部門は選手を守るためにできるだけ安全な判断をする、ストレングス部門は選手を強化するためにできるだけ練習に参加させたいと考える、という様な事です。ただ、その様な話し合いを建設的に行えていないチームは強くない。

ー 例えば「ケガ明けでいつ練習に復帰するのか」といったシーンで衝突が起きやすい、ということですね。

そういったシーンで意見の食い違いはどうしても出てくるのですが、そこで喧嘩してはダメなんです。建設的に議論をして、チームとして最適な判断を下す必要がある。でも、個人間のいさかいに終始してしまうことも過去いろいろなチームで見てきました。

意見の食い違いがあった時、建設的に議論するには信頼関係が必要。信頼関係を構築するには何よりもコミュニケーションの量が大事だと考えています。

ー 普段からコミュニケーションを取っていれば喧嘩にはなりづらい。

みんな、喧嘩はしたくないと思っているはずなんですけど、コミュニケーションが足りないと、他部門の考えが把握できずについつい喧嘩している様な状況になってしまうんです。同じ部屋で仕事をして、月1回のアクティビティを通して何気ない会話を交わす。当たり前のことなんですけど、こうした日々の細かなコミュニケーションがお互いの理解の向上に繋がるんだと考えています。

エンゲージメントスコアを計測し始めて、改めてこうした取り組みの重要性に気づいています。資料だけの情報で全てを済ますのは限界があります。今年からは仕事の振り方の仕組みも少し工夫をしているんですよ。

 

自分の声で伝えるのが、一番熱量がある

ー どのようにでしょうか?

これまでは、トップダウンで各スタッフに業務を割り振っていたのですが、今年は全スタッフにどういう仕事をしたいか話を聞いたんですね。それを踏まえた上で、業務を決めていきました。ですので、これまでよりも「責任」が個々のスタッフの中で大きくなっています。

そうする事で自主性が高まって、能動的にスタッフ間でコミュニケーションを取るようになってくれると考えています。ただ、逆に慣れてくると業務に没頭してしまって、仕事以外の話をする機会が減ってしまう状態になっていた。そういう意見を若いスタッフが1on1の場で言ってくれて、月1のアクティビティを始めた流れでもあるのです。

ー なるほど。とはいえ、忙しい中でコミュニケーションの時間を確保するのも難しいですよね。

そうですね。スタッフ間のことばかり考えていても、今度は選手が置き去りになってしまいます。そのバランスをどう取るか、はスポーツチームが常に向き合わなければいけない課題でしょう。

ー 今後は選手に対してのエンゲージメントスコアの計測の可能性もあるのでしょうか?

大いにあると考えています。代表チームにも選ばれる可能性のある選手達ですから、成長意欲やラグビーをやる目的を見失う事はないでしょうし、あるべきではありません。

ただ、ハイレベルであるがゆえに、楽しさを見出せなくなってきたり、要求が組織化されていく中で、自身の立ち位置に迷いを感じたりすることはあるはずなんですね。

ー トップレベルだからこそ、求められる要求も大きいですものね。

単純にラグビーをプレーする楽しさを感じるなら、クラブラグビーをしている方がいい選手もいるかもしれない。意思決定も自由だし、システムについてもいろいろと考えを反映できる。

でも、トップレベルの場ではシステムやストラクチャーがあって、その中で選手がどう機能するか、という発想になってくる。だからこそ「選手がコーチやチームに対してどれだけ高いエンゲージメントを持ってプレーできるか」は大きな意味を持つと考えています。

ー エンゲージメントが高ければ、プレーのクオリティも高くなる。

その可能性はあると思います。スタッフに対して、エンゲージメントスコアの計測を始めたのは実験的な要素もあります。スタッフも当然、エンゲージメントが高く、やりがいを感じ、向上心を持って働ければ、選手に対するアプローチやケア、練習のクオリティも上がって、強いチームづくりに繋がると考えていますから。

ー 今日お話しいただいた内容はまさにその可能性を感じさせるものでした。コミュニケーションが円滑になり、エンゲージメントが上がれば、質の高い選手へのサポートが提供できる。

そうです。まずはそこを目指してチャレンジは続けていきます。そして、その後選手に対しても展開できればいいのではないでしょうか。スタッフも選手もどういった役割や立ち位置を自身に対して価値あるものだと感じるかは個々人で違うはずなんです。年齢やライフイベントによっても変わってくるでしょう。

それらを細分化していって、個々人にあった価値ある仕事とは何なのかを探る上で、エンゲージメントスコアはこれ以上ない数字ですね。高いエンゲージメントスコアを維持しながら、ヴェルブリッツが最高のパフォーマンスを発揮できるように取り組んでいくのが、私の仕事だと認識しています。