INTERVIEWEE

英治出版株式会社 取締役 編集長 高野達成氏

大分県出身。九州大学卒業後、日本銀行を経て2005年に英治出版に入社。主にビジネス書の企画・編集に携わり、組織開発やソーシャルビジネスに関するラインナップを主導。本づくりに加えて経営企画、採用、組織づくりに取り組んでいる。英治出版では2018年3月からwevoxを導入。隔週でアンケートを実施し、スコアは全社員が閲覧可能としている。

『イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」』、『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』など数多くのヒットビジネス本を生み出す英治出版。組織づくりに関する本を多く出す同社は、自らもその知見を活かし、組織力を高める様々な施策に取り組んでいます。その姿勢は本作りにも活かされ、「企画は全員がいいと思うものだけを通す」「制作過程は全員に共有」などチームで編集するスタイルを大切にしています。変化の激しい出版業界の中にあって、独自の存在感を発揮する英治出版の仕事哲学や組織づくりの取り組みを編集長の高野達成さんに伺いました。

”マインドフルリスニング”で相互支援を促す

-本日は数々のヒットビジネス本を生み出している英治出版の働き方や組織づくりについて、お話を聞きたいと思います。まず、会社の成り立ちを教えていただけますか?

英治出版は代表の原田英治が1999年に立ち上げた会社です。原田はコンサルティング会社出身で、埼玉にある自宅からスタートしたと聞いています。少しずつ社員を増やしオフィスも恵比寿に移転して、今はビジネス本を中心に、月1、2冊のペースで新刊を発行しています。メンバーは社員・役員で12人、アルバイト含めて18人の比較的少人数の会社です。ちなみに、私が入社したのは14年前の2005年で、今では一番の古株になります。

-英治出版のビジネス本は、アメリカのITビジネスの最先端を紹介してくれるもの、国内の注目企業、経営者の考え方、理論をわかりやすく伝えてくれるものなど、多くのビジネスパーソンの役に立つものばかりです。組織づくりに関する本も多いですよね。

はい、組織づくりに関する本も多く出していて、そうした本の制作過程で得た知識を自分たちでも活かすようにしています。その1つが「マインドフルリスニング」というコミュニケーション手法で、『サーチ・インサイド・ユアセルフ』という本を出したことをきっかけに、2年半ぐらい前から続けています。

-どういうものでしょうか?

「心を動かされた出来事」をそれぞれのメンバーが話し、聞く側は口を挟まずに”マインドフルに聞く”というもので、週に1回、任意参加で開催しています。

その週にあった嬉しいことや、仕事で悩んだことや気づきなど話す内容はなんでもよし。内面的な部分をオープンにすることで、お互いの好きなこと、あるいは弱みなどを把握できコミュニケーションが円滑になって、相互支援が自然と生まれるようになると考えています。

-自己開示の場を毎週設けているんですね。

はい。このように組織づくりに興味がある中で、アトラエさんにもとても強い関心を抱いたんです。代表の原田の知人を介して代表の新居さんとお会いしたことがきっかけでエンゲージメントに関する本を出版でき、とてもいい経験になりました。

-『組織の未来はエンゲージメントで決まる』ですね。こちらは高野さんが編集を担当されたのですか?

はい、そうです。この本の制作をきっかけに、弊社でもwevoxを導入してエンゲージメントスコアの計測を始めました。ちょうど代表の原田が島根県海士町に引っ越してリモートで仕事を始めたタイミングでしたし、いくつか新しい取り組みも始めたときだったので、組織状態を把握するには絶好の機会でした。

 

アルバイトに対するエンゲージメント向上アクション

-計測してみていかがでしたか?

以前から組織づくりに取り組んできたからか、社員のエンゲージメントスコアは良好でした。ただ、アルバイトスタッフのスコアが思ったよりも低かったんです。この結果を受けて、アルバイトの待遇面やコミュニケーションをいろいろと改善をしました。

-例えばどのような改善を行ったのでしょうか?

まずは給与面の改善です。給与に対するスコアが低かったので調べてみたところ、業務内容が近い職種の東京都の時給の平均を少し下回っていました。これはいけないと、すぐに平均水準以上の給与に設定し直しました。

お金を払えばいい、というわけではないと思うのですが、アルバイトに対して「大切にしているよ」というメッセージにはなったかと思っています。

-スコアをきっかけに気付けたのが良かったですね。アルバイトからはなかなか「給与を上げてください」とは言えないですからね…。

そうですね。それから、弊社ではアルバイトのメンバーにも書店への営業や在庫管理など重要かつスキルの要る仕事をいろいろしてもらっているのですが、ルーティンワークも多くなりがちなためか、社員に比べて承認ややりがいのスコアが低い傾向が見られます。

これについて社員間で話題にし、もっと感謝を示そうという意識を共有したり、年末に個々の貢献を表彰するイベントを行ったりもしました。

ーそういった取り組みは、高野さんが考えているのですか?

いえ、それぞれの社員が自発的にアイデアを出していて、たとえば表彰イベントを発案してくれたのは経理等を担当するスタッフです。エンゲージメントスコアがあることで、皆で組織づくりに関する話題を前よりも自然にしやすくなりました。年度末には給与のあり方を社員全員で話し合う会議も行いました。

ー誰ともなくアイデアが出てくるのは素晴らしいカルチャーですね。近年、組織づくりに関する本の注目度が高くなっているように感じますが、高野さんは、こうした流れをどのように受け止めていますか?

特に2011年の震災以降、働く意味や一緒に働くメンバーとのコミュニケーションについて関心度が高まったように思います。個人的な印象としては、震災以降から組織関連の本の発売イベントなどに人事や管理系の人だけでなく、多様な背景を持つ人が集まるようになったと感じます。

ー多くの人にとって働く意味や、会社という枠組みを改めて考え直す契機になったということですよね。

我々自身にとっても大きな出来事でした。震災当日にオフィスを開放して帰宅困難者を受け入れたり、被災者のメンタルケアガイドの冊子を作って書店等で無料配布したりしたのですが、改めて会社として、世の中に対して何ができるのかを考え直しましたね。

 

企画で一番大切なのは「目的」

ーその2011年に『学習する組織――システム思考で未来を創造する』を発売、最近では『ティール組織――マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』が話題になりました。これらのヒット作はどのように生まれているのでしょうか?

まず、それぞれの編集者が企画会議で企画を出し合って、みんなで議論します。このときに一番大切にしているのが「その本を作る目的は何か?」ということです。企画の発案者には必ず目的を話してもらいますし、聞いているメンバーが一番突っ込みを入れるポイントです。

ー目的、というと?

「なぜ、その本を作りたいのか」「本当に出したい本なのか」とういうことを突き詰めていくのです。「企画を出さなきゃいけないから」「売れそうだから」と思って出す企画はだいたい目的意識が弱いことが多い。そういう企画からは、いい本が生まれにくいのです。

ー企画の根本部分から、みんなで議論するんですね。1人で企画を立てて、進めるということはないのですか?

ありません。基本的に、企画の原案段階からみんなで共有しながら進めていきます。他の出版社では、ある程度経験を積んだ編集者が1人で企画から制作まで進めることがあると思うのですが、我々はそういうことはしません。最終的にメンバー全員が、「この本、出したいね」となって初めて制作に進行します。編集者だけでなく、営業スタッフもバックオフィスのスタッフも、全員が企画を決めるプロセスに関わるようにしているんです。

営業的な視点が入るメリットもありますし、「あの人が作った本」ではなく「自分たちが企画した本」と捉えられれば、営業活動でも事務処理でも、商品への向き合い方が違ってきますからね。

ーなるほど…。出版社のあるあるとして、編集部と営業部、つまり作り手側と売り手側のコミュニケーションがうまくいかないケースを良く聞きます。でも、企画の原案から一緒に話をしていれば、そうした問題も起きなさそうです。

「出したくない本は出さない。したくない仕事はしない」ということをポリシーにしているので、みんなが納得するまで企画を磨くことを大切にしています。「企画をボツにしない」という決まりごともあるんですよ。

ーどういうことでしょうか?

編集者から出される企画が毎回いいものとは限りません。だからと言って、そのアイデアを周囲がボツにすることはしない。ボツにするのではなく、どこに違和感があるのか、どんな可能性があるのか等をみんなで話し合うのです。

それを踏まえて、発案者が企画を練り直して再度会議にかけてもいいし、自ら撤回してもいい。決めるのは周囲ではなく自分です。企画を「やらない」という判断にも主体性を持ってもらいたいんです。

ー高野さんは編集長なので、立場で言えば企画をボツにすることも可能ですよね?

そうかもしれませんが、私はしません。だから、編集長という肩書きですが、権限はほとんどないんですよ(笑)。みんなが意思決定者として主体的に、じっくり議論することが大事です。企画が通った後は、発案者が中心となって制作を進めていきます。制作に入っても、進捗は適宜他の編集者にも共有されています。

だから、制作過程で迷うことがあればすぐに他のメンバーに相談できますし、担当者がインフルエンザで休んだり一時的に負荷が過大になったりしてもメンバー間で速やかにサポートし合える体制でもあるのです。

ーなるほど、リスクヘッジにもなっているのですね。制作過程まで含めて、メンバーと共有して進行するのは珍しく感じます。

気軽に相談し合える、無理せず助けを求められる、という状態になれるように心がけています。これまでの本作りのノウハウや出版業界特有の習慣には、参考になるものが多々あります。ただ、時代の流れに合っていないものや自分たちのスタイルには合わないものも存在します。ですので、「昔からこのやり方だから…」という固定観念に縛られずに本を作っていこうというマインドは大切にしていますね。

 

ほとんど”異業種からの転職組”だからこそ生まれたチーム型編集

ーそうしたマインドはどのように形成されていったのでしょうか?

そもそも、代表の原田はコンサル会社出身で「出版社をやりたい」ではなく「社員の夢が大きくなる会社をつくりたい」という思いで英治出版を立ち上げたので、いい意味で出版業界らしさがなかったのが大きいと思います。

過去の慣例に捉われず、いい本を読者に届けるにはどうすればいいのか、ゼロベースで時間をかけながら試行錯誤した結果、今のスタイルになっています。それから、代表だけでなく、私も含めすべてのメンバーが異業種からの転職か新卒でこの会社に入った人ばかりなんですよ。

ーえ…そうなんですか。てっきり凄腕の編集者を集めているのだと思っていました。

いえ、私は金融機関から転職しましたし、他には医療系の会社やNPOにいた人などいろいろなバックグラウンドを持った人たちばかりです。みんなこの会社に入ってから、本作りを学んでいきました。

ーその多様性、柔軟性こそが英治出版の強みかもしれませんね。

「出版社とはこうだ。編集者とはこうあるべきだ」というものに縛られず、本づくりができているのは我々のユニークな点だと思っています。

ービジネス本というジャンルでは煽り文句が先行して、中身が伴っていない本に出会うことも少なくありません。あくまで私個人の感想ですが、英治出版の本にはそうした「売らん哉」という印象がないのも特徴の1つだと思っているのですが、何かこだわりがあるのでしょうか?

そうですね、センセーショナルさだけを武器にした本は作らないようにしています。だから、帯に載せるキャッチコピーもみんなで「誇大な文章になっていないか、読者を騙すような言い方になっていないか」といったポイントをチェックし合うようにしているんです。そうした、本を”売るテクニック”に頼るのは、読者に誠実だとは思えませんから。

企画会議でも「売れるかどうか」という会話はほとんどしないんです。作り手が作りたいと思う本を、読者のために誠実に作る。こうした姿勢は、本を通じてきっと読者にも伝わると信じています。

ー素晴らしいです。英治出版が出版業界の希望のような気がしてきました。

いえいえ、まだまだできていないこともたくさんあります。我々は本を通して、ビジネスをより良くしたい、社会をもっと良くしたいと思っています。しかし、本を出してもなかなか社会実装にまでは至らないものです。

『組織の未来はエンゲージメントで決まる』もいい反応を読者からいただきましたが、同時に「自分たちにはできない」と諦めてしまう人たちもいるようです。あの本に書かれていることは決して他人事ではなくて、自分たちの会社は自分たちで変えられるんだと知ってもらう、行動につなげてもらう所まで関わっていけたらいいなと感じています。

そのためにも、まずは我々自身が自分たちの手で組織を良くしていくことが大切だと思っています。

ー「企画はみんなで磨く」「目的設定が鍵」「誠実さは読者に伝わる」といった知見は本づくりだけでなく、いろいろなビジネスでも活かせますね。固定観念に捉われない英治出版のみなさんが作る本が、ますます楽しみになってきました。

ありがとうございます。期待に応えられるように、これからも本づくりに励んでいきたいと思います。新刊もどんどん出ていきますので、気になるものがあれば、ぜひお手にとって読んでみてください。

ー本日は貴重なお話ありがとうございました!