INTERVIEWEE

日本航空株式会社 人財本部 人財戦略部 ワークスタイル変革推進グループ アシスタントマネジャー 東原祥匡氏

2007年日本航空株式会社入社。関西国際空港における空港業務や、国際線を中心とした客室乗務員の業務を経験した後、2010年より客室乗務員の人事、採用、広報等を担当。2015年末より2年間の社外出向を経て、2017年12月より現職に至る。

「大企業の働き方がなかなか変わらない…」と叫ばれる中、先んじて働き方改革を成功させている大企業として注目を集めているJAL。経営破綻後の危機的な状況を乗り越えるために、2015年からワークスタイル変革を実行した同社は、職場のフリーアドレス化、リモートワーク導入などさまざまなワークスタイル変革に取り組んできました。その結果、さまざまなメディアで先進的な働き方を取り上げられ、業績も好調を維持。業務効率化で残業時間は減り、多様な働き方を選択できる会社に生まれ変わったことで離職率も低下しました。なぜ、JALのワークスタイル変革はここまで成功しているのか、その理由をワークスタイル変革推進グループの東原祥匡さんに聞きました。

あるトライアルがきっかけとなったワークスタイル変革

―JALは早くからワークスタイル変革を推進し、残業時間の減少や離職率の低下など成果を出しています。最近では、「ワーケーション」という取り組みが注目されていますね。

はい、ワーケーションとは「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語です。休暇中の旅行先などで、一時的にオンラインで打ち合わせに参加するなどの業務を行った場合、その時間は就業時間としてカウントする制度です。

今までは、旅行を予定していたのに急な打ち合わせが入ってしまった場合、旅行自体をキャンセル、もしくは日程の変更をしなければなりませんでした。しかし、ワーケーションを活用すれば、旅行をキャンセルする必要はありません。柔軟な働き方を実現し、休暇をより有効活用してもらうための制度として導入しました。

社員からは非常に好評を得ており、他企業からも導入をしたいという声を多くいただいています。2019年12月には、弊社がプロジェクトリーダーを努め、他企業とともにハワイでのワーケーションの検証を進めるなど、新たな広がりも視野に動いています。

―こうした先進的な制度を導入できるのも、JALが2015年からコツコツとワークスタイルの変革を行ってきたからだと思います。そもそも、ワークスタイルの変革はどのようにして始まったのでしょうか?

2010年にJALが経営破綻したタイミングで、多くの社員が会社を去っていきました。残った社員もいきなり状況が良くなるわけもなく、業務量の多さ、長い労働時間に疲弊していきます。結果的に離職も増え、非常に厳しい状態が続きました。

こうした状況を打破するべく、当時社長だった植木自らが2011年頃よりダイバーシティ&インクルージョンの観点での取り組みについてメッセージを発信していきましたが、その中でもワークスタイル変革の実行を宣言したのが2015年のことです。この宣言を機に、フリーアドレスやリモートワークなどさまざまな制度の導入が始まるのですが、実はその前に試験的に1つの部門でフリーアドレスを導入したんですね。

―そうなんですね。

社長が、試験的にフリーアドレスを導入したい部門はないか募集をかけた際に、その部門長が手を挙げました。実は、その部門というのは、“誰も行きたがらない部門”として当時、社内で有名でした。だから、部門長は「誰も行きたがらない部門のままでいけない。変わらなければいけない」と自ら手を挙げて、ワークスタイルの変革に乗り出したのです。結果的には、そのトライアルは大成功しました。

一番の大きな効果は、フリーアドレスにしたことで、コミュニケーション量が増えたことです。社員間の連携が円滑になったことで業務効率が改善され、職場の雰囲気も明るくなりました。上司と部下間のコミュニケーションも活性化され、後にさらに推進されるリモートワークが当たり前となる環境を実現するための土台ともなりました。

また、「残業をする社員は1つのテーブルに集まって仕事をする」というルールを決めたことも良かったですね。残業する社員の数が可視化されるので、「もっと業務を効率化した方がいいのではないか」という意識改革が起こりました。

お恥ずかしい話、それまでは業務を効率化するという意識が薄い状況でした。それが、1分でも早く業務を遂行するにはどうすればいいか、みんなで考えるようになっていったのです。大きな変革が起きていると私も見ていて感じました。

―フリーアドレスの導入をきっかけに、コミュニケーションや業務の効率化などの意識改革が起きた。結果的に、個々の働き方、組織の働き方が改善されていったということですね。

そうです。トライアルをきっかけに、その後その部署は社内の中でも柔軟な働き方、効率的な働き方を実行する部門として一目置かれる存在に生まれ変わっていきます。

フィロソフィの存在が社員を変えた

―素晴らしいですね。

トライアルの成功を受けて、2015年にワークスタイル変革をメッセージとして打ち出し、ワークスタイル変革の専門組織(現:ワークスタイル変革推進グループ)が生まれました。その後、他部門も挙手制でフリーアドレスやリモートワーク、フレックスタイム制などを導入していくことになります。トライアルの成功が、他部門の意識改革にいい影響を与え、多くの部門が積極的に新しいワークスタイルを導入していきました。

同時にRPAの導入やタブレットやノートPCなどのファシリティの整備なども、ワークスタイル変革推進グループを中心に進めていきました。特にファシリティの新規導入について、初期費用をワークスタイル変革推進グループが一括で請け負うようにしたことは、スピード感を持った変革にするうえで効果が大きかったですね。ファシリティの導入までも各部門のお財布の中でやろうとすると、「導入メリットは? 何が変わるの?」という稟議を進めるのにそれぞれが半年や1年といった時間が掛かってしまいますから。

―そうした施策を承認する経営陣も素晴らしいですね。会社全体で取り組もう、という意気込みが感じられます。トライアルの成功が後押ししたとはいえ、会社全体で意識改革が進むことはそこまで簡単ではないように思います。もともとJALには、柔軟な働き方を受け入れる風土があったのでしょうか?

いえ、もともとは非常にお堅い会社でしたので、柔軟という言葉とは程遠い会社でした。しかし、経営破綻をきっかけに、稲盛和夫が会長となり、新たな企業理念とそれを実現するためのJALフィロソフィを策定したことで、社員の価値観が少しずつ変わっていたように思います。

社員の幸福があるからこそ、いいサービスは生まれ、社会に貢献できる。これまではそうした価値観を持つ人が社内にはほとんどいなかったはずなので、とても新鮮で刺激的なメッセージでした。

JAL企業サイトより

 

―企業理念とフィロソフィの存在は確かに大きいですね。しかし、多くの企業は理念浸透に苦労をしているのも事実です。何か浸透施策は行っていますか?

そうですね、いくら素晴らしい理念でも、仕事をしているとついついその存在を忘れてしまうものです。ですので、JALでは年3〜4回、理念やフィロソフィについて社員同士が話し合う機会を設けています。日にちをいくつかに分けて、全員参加を前提に実施しています。

―その話し合いでは、何をするんですか?

部門横断でランダムに数人のチームを作り、フィロソフィに関するテーマについて話し合いをしています。最近の仕事で起きたこと、自分や周囲の働き方での気付き、お客さまからの声などをテーマに沿って話し合いながら、フィロソフィの再確認や他部門との交流を行うのです。

客室乗務員や飛行機の整備士、営業職やマーケティング職などJALではさまざまな職種の社員が働いていますので、この取り組みが始まる前までは、異なる職種間のコミュニケーションが円滑に進まないことも多々ありました。しかしこの取り組みを実施して以降、異なる部門の仕事において、何が大変なのか、逆にどういうときに喜びを感じるのか、などさまざまな価値観を理解することができるようになりました。部門間で仕事を依頼するときの声の掛け方に気を使えるようになったり、コミュニケーション面は大きく改善されたと感じます。

働き方について話し合うことも多々あるので、他部門にいいワークスタイルが伝搬しやすくなる土壌にもなっていますね。

 

抵抗勢力は「やらず嫌い」なだけの場合も

―そういった話し合いを通して、意識改革が促され、ワークスタイルも少しずつ変わっていったんですね。働き方を変えていくには、リーダー層の役割も重要になってきます。リーダーの意識改革を促すために、どのような取り組みをしましたか?

我々がリーダー層に対して一番強く発しているメッセージが「まずは、自分自身の働き方を変えよう」ということです。例えば、リモートワークを自ら率先して行うことで、他の社員も抵抗感なく受け入れることができますよね。結果的に、自分も体力的に楽になるし、時間も節約できます。

実は、ワーケーションにおいても、社内での浸透を図るために、まずは私が率先して制度を利用しました。その様子を社内で発信したことで、多くの社員がこの制度を活用するきっかけとなりました。

自らの働き方を変えることで、周囲を変えていく。これがリーダーに求められる役割なのではないでしょうか。

―意識だけでなく、行動を変えていく。リーダーだからこそできる役割でもありますね。でも、ぶっちゃけ抵抗勢力っていたりしませんか?

正直なところ、ゼロではないです。働き方への価値観はそれぞれなので、消極的な態度を取る方もいます。ただ、そういう方たちの多くは「やらず嫌い」な場合が多いと思います。ちょっとしたハードルを超えるのが億劫で、ついつい消極的になってしまう。

だから、そういう方に対してはまず簡単なことから取り組んでもらうようにしています。過去に、リモートワークに対して消極的なリーダーがいました。以前、自身の組織全員でテレビ会議をトライアルしたことがありましたので、「じゃあ、まずは自己紹介だけでいいので、オンラインでメンバーと会話してみましょう」と提案してみました。「それぐらいなら」ということで、オンラインMTGのツールを使って、自己紹介だけを行ったようですが、後日、そのリーダーと会うと「リモートワークは便利だね」と、言うんです(笑)。そのチームでは、自己紹介をしてみたことをきっかけにリモートワークが当たり前のようにされるようになっていました。

―コロッと変わるものなんですね(笑)。

あとは、部門長が集まるMTGで勤務時間の一覧を映し出すようにしています。そうすると、どの部門の残業が多いか、一目瞭然になります。2015年より前は、多くの部門で残業が多い状況でしたが、その後徐々に減っていき、目に見えて残業が多い部門が今ではマイノリティになってきています。そうした状況を目の当たりにすると「変わらなきゃいけないな」というプレッシャーがリーダーにも芽生えますよね。加えてその場で、いいワークスタイルを実践している部門の事例も共有しています。そうやって、外からのプレッシャーをうまく活用して、空気づくりをしていくのも我々の役割なのかな、と思っています。

働き方改革3つのポイント

―フィロソフィの浸透、リーダー層の意識改革、この2つが大きな軸となってワークスタイルの変革が成功しているんですね。他社が参考にするうえで、他にポイントはありますか?

それぞれの会社ごとに浸透の方法は異なると思いますが、弊社が成功した理由としては大きく3つほどポイントがあるかと思っています。

1つ目は新しい制度の導入を挙手制で行うことです。全社一律で変えようとするのではなく、それぞれの部門が必要なタイミングで、それぞれのワークスタイルに応じて最適化して導入してもらう。そうすることで、受動的なワークスタイル変革ではなく部門長自らが責任を持って行う能動的なワークスタイル変革になります。トライアルでの成功のように、1つの部門の好事例が、他部門の変革を促進する効果もあります。

2つ目が、業務プロセス改革を専門にした部門の設立です。オフィスレイアウトの変更など自分たちでできる範囲のワークスタイル変革はいいのですが、いくつもの要素が絡む業務改善は第三者が客観的にコンサルティングすることで、スムーズかつ納得感のある変革が可能です。当事者同士で話し合うと、利害関係などからどうしても話し合いが進まないケースもあります。RPAなど専門的な知識が必要な場合も、この部門に相談をします。この専門部門は、順番待ちが起きるほど社内で有効的に機能しています。

―第三者の存在はありがたいですね。3つ目は何でしょうか?

3つ目が、「性善説に則ること」です。「リモートワークにして、サボったらどうするんだ」という懸念は多くの人が抱くと思います。しかし、だからといって管理を厳しくしてしまうと、本来力が伸びるはずだった人の機会まで奪うことにもなりかねませんので、我々は性善説で、「伸ばせる力を最大限伸ばそう」という哲学のもとに、さまざまな施策を実行しています。

もちろん、サボってしまう人、制度を悪用する人がゼロだとは断定できません。そういう人たちに対しては、評価を厳しくしたり、キャリアの幅を狭めるなど長期的な目線でマイナスになる仕組みを作ることが重要です。

自分の思いに素直になり、施策を考えよう

―なるほど。制度を悪用する人が、長期的には損をする仕組みは有効ですね。東原さんのように、人事として改革を実行するのは苦労も多くありませんか?

そうですね。先程も言いましたが、全員が全員、新しい制度を快く受け入れてくれるわけではありません。だから、時々意見をぶつけ合うこともあります。ただ、そうやってぶつかり合うことってすごく大切だと私は思っているんです。意見を出し合うことで、相手も変化をするきっかけを得られるかもしれません。「東原がそれだけ言うなら、やってみるか」と、相手にある種の言い訳というか、きっかけを与えることも人事という仕事の大切な役割なのかな、と思います。

ー施策を考えるときに大切にしているポリシーはありますか?

自分の思いに素直になって施策や制度を考えるようにしています。ワーケーションをどのように浸透すべきか、もしくは浸透しない場合、止めるべきか試行錯誤の連続でしたが、まず自身が体験し、よいと感じる価値を広げ、過去に自分自身が得た機会を他の社員にも提供したいという思いからより発展させたいという想いが高まりました。

私は、ずっと人事畑だったわけではなくて、客室乗務員を経て、今の仕事に就いているんですね。数年前に、客室乗務員からデスクワークの仕事に移ったのですが、正直なところ少し息苦しさがありました。客室乗務員の頃は毎回違う場所に行って、その土地の空気を楽しみながら仕事をしていました。それが当たり前だと思っていたのですが、内勤だと毎日同じオフィスで、同じ空気を吸いながら仕事をするので、そのギャップで息苦しさを感じていたのでしょう。

そうした息苦しさを感じているときに、短期的に出向先で勤務をすることになりました。なかなかハードな出向先ではあったのですが、一度違う組織の中で働くことで、JALという会社を客観視できるようになったんですね。自分の働き方や会社に対する考え方を見直すきっかけになったんです。「JALって思っていたよりもいい会社なんじゃないか。自分にはもっと他にできることがあるんじゃないか」といったことを考えるようになりました。

ー外に出たことで自分の会社を新たな視点で見られるようになったんですね。

そうなんです。客室乗務員時代のその土地々々の空気を吸い、気分転換をしながら仕事をする機会、一歩外に出て自分の会社を見つめ直す機会。こうしたものを提供する制度としてワーケーションを活用できないかと考えるようになりました。

実際に活用した人からは「自分を見つめ直す機会になった」「仕事や会社に対して新たな視点が生まれた」など、狙い通りの声を頂くこともあり、やってよかったな、と思います。

働き方改革が促進される中で、人事の役割も非常に重要になってきています。プレッシャーもあるかと思いますが、まずは自分に素直になって、「こういう機会を他の人にも与えられるといいな」「こういう制度がある会社だったらずっと残っていたいな」という発想で、施策や制度を考えていくといいのではないでしょうか。

―多くの人事が、勇気をもらえるメッセージですね。これからも、東原さんをはじめ、JALには先進的なワークスタイルを実行して、日本企業をリードしていってほしいと願っています。

まだまだ我々も発展途上ですが、ワークスタイルの変革事例は積極的に情報発信することで、社内はもちろん他の企業のいいお手本になれたら嬉しく思っています。JALが日本を代表する「働きたい企業」になるように、そして全社員が幸福を感じながら仕事に邁進できるように、努力し続けていきます。

ABOUT COMPANY企業情報

日本航空株式会社

主な事業:
1.定期航空運送事業及び不定期航空運送事業
2.航空機使用事業
3.その他附帯する又は関連する一切の事業
設立年月日: 1951年8月1日
従業員数: 34,003人(連結)(2019年3月現在)

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