INTERVIEWEE

ディシジョンマインド社 代表 籠屋邦夫(コモリヤクニオ)氏

1978年東京大学大学院化学工学科を修了後、スタンフォード大学大学院に進学。1984年にエンジニアリング・エコノミック・システムズ学科を修了し、三菱化成(現三菱ケミカル)入社。その後、マッキンゼー社東京事務所にて勤務、米国ストラテジック・ディシジョンズ・グループ社パートナー、ATカーニー社ヴァイスプレジデントを経て、2002年より現職。

「働きやすい職場づくり」、「組織力を高めよう」、「人を大切にする経営」といった言葉が様々なメディアで叫ばれる昨今。こうした考え方が重要なことは理解できる一方で、「それがビジネスにどうメリットがあるの?」と考える人も少なくないでしょう。そうした疑問に、ビジネスの重要な要素“意思決定”のプロセスを紐解くことで応えられないか? 「スタンフォードで学んだ 最強の意思決定 メンバーの知恵を錬成する実践手法」(日本経済新聞出版社)の著者であり、数々の有名企業で意思決定手法「ディシジョン・マネジメント」を教えてきた籠屋邦夫さんに、この仮説をぶつけてみました!

不確実性の時代だからこそ、質の高い意思決定が必要

―「スタンフォードで学んだ 最強の意思決定 メンバーの知恵を錬成する実践手法」では、「現代の企業がなぜ適切な意思決定ができないのか?」という背景理解や、具体的な意思決定手法「ディシジョン・マネジメント(以下、DM)」のプロセスが非常に分かりやすく書かれており、大変勉強になりました。

ありがとうございます。この本では前半部分で、多くの企業が意思決定において抱える課題と克服方法を、そして後半部分で最強の意思決定を実現するDMの手法を解説しています。

手法の解説では、DMを構成する7つのプロセスを、「新国立競技場建設を巡る議論」をケーススタディに書きました。記憶にも新しいあの問題は、企業や組織における意思決定を考えるうえで非常に分かりやすい題材です。なぜ、あれだけ話が二転三転したのか、トップはちゃんと部下が提出する意見やデータに目を通していたのか、部下は勇気を持ってしかるべき発言をしていたのか…。みなさんも、あの問題を通じていろいろなことを考えたのではないでしょうか。じゃあ、いざ自分が当事者となったとして、どうあの問題に対処できるのか。それをDMのプロセスを通して解説しています。

―「ビジョン・ステートメント」「フォースフィールド・ダイアグラム」などのフレームワークによる定性的な議論を通して、意思決定の選択肢を考える。その後、定量的な分析を行うための「インフルエンス・ダイアグラム」「スプレッドシート・モデル」などのフレームワークで、より意思決定の質を高めていく。定性、定量、どちらかに偏ったものではなく、どちらもバランス良く考えながら意思決定ができるのがDMの特徴ですよね。さらに、そのプロセスをチームで進めていくことに重点を置いていることに感銘を受けました。

不確実性の時代において、定性、定量どちらか一方だけの軸で意思決定をするのは非常にリスキーです。ましてやそれを、他の人たちの知恵と知識を活用せず1人のリーダーの意見、主張だけで進めるのはあまりに無謀、無思慮。こうした事象を私は「衆知雲散」と呼んでいるんです。組織内のメンバーが様々なアイデアや情報を出し合っても、それがバラバラに散ってしまって意味を成さない。

論点を洗い出す「フォース・フィールド・ダイアグラム」など、様々な意思決定の手法を紹介している

そうではなく、衆知を結集し、錬成させて、質の高い意思決定を行っていくことが今の時代には求められているのです。この「衆知錬成」が実現すれば、1人の天才に頼らなくても、チームで最良の意思決定ができるようになります。お互いがリスペクトし合い、相互の知識共有と相互刺激によって、クリエイティブな知恵やアイデアを生み出していく。「集合的天才」という言葉もありますが、こうしたプロセスを実現していく手法がDMなのです。

―籠屋さんが意思決定に着目したきっかけは何だったのですか?

私は学生時代に化学工学を学び、大学卒業後に三菱化成(現三菱ケミカル)に就職しました。その会社で最初に配属されたのが、研究開発テーマのプロジェクトです。しかし、このプロジェクトが4年程経ったところで、白紙になってしまった。技術的には着実に進展していたのですが、様々な経済状況によって断念せざるを得なかったと会社からは説明されました。この経験が自分にとってすごく大きかった。なにせ、志高い20代の若者が費やした4年間という年月が、何もなかったことにされてしまったと感じたわけですから。

―辛い経験ですね…。

そのプロジェクトはどういう意思決定で始まり、どういう意思決定で終わったのか。不確実性の中で、良質な意思決定をするにはどうすればいいのか。こうしたことがすごく気になり始め、経営における意思決定のあり方を自ら学ぼうと思ったのです。そこで、スタンフォード大学のエンジニアリング・エコノミック・システムズ学科に留学する機会を得て、工学的手法を用いながら経営や社会課題に取り組む学問を勉強しました。

その後、スタンフォード大学で学んだ経験を活かし、日米欧で意思決定手法を企業に根付かせる仕事を始め、今はディシジョンマインド社の代表として日本で活動をしています。これまで私は、100社以上の企業を「エデュサルティング」してきました。エデュサルティングとは、エデュケーションとコンサルティングを組み合わせた造語で、ただコンサルティングするだけでなく、サポートするビジネスパーソンがしっかりと学び、卒業後もDMを活用して意思決定をしてほしいという思いから作った言葉です。卒業生の中には、今大企業の役員で活躍している人も大勢います。

「君を幸せにする」という意思決定はできない

―今日は、経験豊富な籠屋さんに、エンゲージメントを高めることが、質の高い意思決定にどう繋がり、そしてビジネスにいい影響を与えるのか教えてほしいと思っています。

まずは、そもそも意思決定とは何か? という点からお話していきましょう。意思決定のはっきりとした定義を言えますか?

―ビジネスにおける方向性や戦略を決めていくことですか?

「ヒト、モノ、カネ、時間という経営資源の配分を実際に行うことへのコミットメント」になります。よく私がエデュサルティングを行っている企業で最初に話をするのが、「結婚のプロボーズの決まり文句である『君を幸せにする』という意思決定はできない」ということです。

―どういうことですか?

実際に相手を幸せにするには、相手がどうなれば幸せかを全て察知して、その実現に向けあらゆることをコントロールできなければなりません。そんなことができるのは、神様ぐらいですよね。人間は、神にはなれません。だから、具体的にヒト、モノ、カネ、時間の使い方をどうするかという資源配分が決まっていない「君を幸せにする」というのは、思いとしては素晴らしいですが、意思決定とは言えないのです。

ビジネスでいえば、経営陣が「5年で利益を3倍にする」という目標をただ単に掲げることは、意思決定ではありません。これだけでは、「君を幸せにする」と言っているのと同義なのです。

ただ、驚くことに多くの企業の経営陣は「5年で利益を3倍にする」と言うことだけが自分たちの仕事だと思っている。「あとは、お前たちがやれ」というスタンスなんです。そんな気楽な仕事はないですよね。こうして掲げた目標に対して、「品揃えをどうするか、サービスをどうするか」、「どんな売り方、作り方をするか」、「そのためにどういう人が必要か、今いる人をどう活かせるか」…といったことまでブレイクダウンすることが意思決定なのです。

―受け取った側も、困惑しますよね。

納得できないじゃないですか。受け取った側からすれば「それって、あなたたちの願望ですよね?」って思ってしまいますよ。でも、部下も勇気がなくて反論できないので、受け取った目標に対して仕事をしなければならない。こうした「意思決定リテラシー」が著しく低下しているのが、昨今の企業の大きな課題です。

今は経営陣にとっての意思決定を例に話しましたが、事業部や部署、課単位など様々なレイヤーでも同じ問題が発生しています。

有名企業トップでも、意思決定ができてない?

―籠屋さんが見てきた中で、具体的に意思決定がうまくいっていない企業のケースを教えてほしいです。

たくさんありますよ(笑)。大きい問題としては、トップが適切な意思決定ができないケースですね。意思決定をしようという意思すらない人もいました。

例えば、過去に大手自動車メーカーの、事業改善に関わる意思決定をサポートしたことがあります。多くの社員がDMのプロセスを経ながら丁寧に議論をし、経営陣に改善案を提出しました。しかし、最初にこの取り組みについて報告を受けた社長が「新しいことをやりたいならやってもいいけど、どうせ最後は妥協の落とし所を見つけるんでしょ?」と半ば諦め口調で言い放ったんです。自分で考えようともしない、新たなチャレンジをしようともしない。その言葉を聞いた社員がどう思ったことでしょうか。幸いにして、関係者の方々はこの言葉にもめげずに、熱心に事業改善に取り組み成果を上げたのですが、トップたる人たちは大いに自戒すべきだと思います。

―ひどいですね…。

他には、ある電機メーカーでの役員会議をファシリテーションしたときの出来事も悪い意味で印象に残っています。社長の予定が二転三転し、最終的に社員たちは予定を前倒し、大型連休を返上して資料を作成しました。ようやく当日を迎え、社長も会議室の席に着きます。

ところが、説明を始めて3分も経たないうちに、社長が無言で席を立って出て行ったきり戻ってこないんですよ。我々は呆気にとられました。後で聞いたら、偉い政治家に呼び出されたのが理由だったようです。どうしても断れなかったとしても、「のっぴきならない事情ができてしまった。一生懸命やってくれたと思うから、残った経営陣と十分議論を尽くしてくれ」くらい言えば、と思いますよね。しかも、その会社は人を大切にする企業というのを標榜しているんですよ。名実が伴わない経営をしてしまっているんです。社員のモチベーションや意思決定の質にも、明らかに大きな悪影響を与えるはずです。

残念なことにこういった事例は、大小問わず非常に多く経験してきました。

―名の知れた大企業でも、トップがそのレベルとは…驚きです。

もちろんトップだけでなく、社員にも問題がある人たちはたくさんいます。この本でも、社長から上司、部下を含めた「決められない病」を分析し、4つのレベルに分けて紹介しています。

参照:「スタンフォードで学んだ 最強の意思決定 メンバーの知恵を錬成する実践手法」(日本経済新聞出版社)

例えば、レベル1の「弱い個」病では、他人のせいにしてしまう「被害者意識」症候群を始めとしたダメな事例を取り上げています。これは部下でも上司でも、立場を問わず多い病で、人のせいにしたり、言われたことだけは真面目にやるけど全体観を持った真剣な取り組みは全くしない人を指しています。

―レベル2の「衆知破壊」病は上司の典型的なダメケースですね。

「ガバナンス違反」症候群、「アイデアキラー」症候群、「当事者意識欠如」症候群…。ポジションが上がり、部下が反論しないのをいいことに、どんどん思い上がって衆知を破壊する上司たちですね。レベル3が「意味不明」病で、まともなフィードバックができない人たちです。深く考えずに、決まり文句だけで批判をするだけの人たちも多くいます。

自分たちが、どういう病なのかをまずは知ること

―いずれも納得できる病ばかりです…。

「何をレベルの低い話を」と思った人もいるかもしれません。私もそう思います。ただ、こうした低レベルの病にすらも気付かず、克服しようとしない企業、社員が本当に多いのです。

レベル4は「積み上がらない/噛み合わない」病なのですが、この病を克服するレベルで本来はみんな悩んでほしいんですよね。でも、レベル1〜3の病にすら気付かないケースが多い。

―レベル1〜4の病については、克服する方法についても詳細に書かれています。しかし、そもそも「自分たちは病気なんだ」と気付かないと治そうともしませんからね。

そういった病に気付く、という意味においては「wevox」のようなツールは役に立つ気がします。特に大企業の人たちは、昔からの組織風土が根強く残り、自分たちが病であることに気付けていませんから。

―エンゲージメントスコアを見て、ハッとしてもらえたら、大きな一歩だと思います。

ただ、1つ大企業で働く人たちの名誉のために言っておくと、彼・彼女たちの能力が低いわけでは決してないんです。これまで述べたような病によって、自らのミスで足を引っ張っている状態、スポーツで言えばオウンゴールをしてしまっている状態と言った方が適切です。非常にもったいない状況なんです。本来ならもっと攻め込んでどんどん得点を決められるはずなんですが、自分たちの問題でマイナスの方向に行ってしまっている。

「立場の異なる協働作業者」という意識を持とう

―オウンゴールというのは、すごく分かりやすいですね。仮に、自分たちが病に陥っていて、何かを変えなければいけないと気付いたとします。まずは、何を変えていけばいいのでしょうか?

経営陣から、管理職、そして社員まで全員が「立場の異なる協働作業者」、つまり協力して働く仲間同士なんだという意識を持つことが一番重要です。意思決定のプロセスにおいて、役割として情報収集しアイデアを考え、提案する人とそれをチェックし、フィードバックする人に別れます。だいたいが、役職が上の人がチェックをしますよね。そうすると、ほとんどの上司、経営陣がただ批判をするだけの人で終わってしまうのです。

上司と部下は単なる役割の違いであって、優れた人とそうじゃない人という違いではないんです。「いざとなったら自分がやるぐらいの心意気を持って、批判しているか? 批判するだけが仕事だと思っていないか?」と、上司、経営陣にはよく振り返ってほしいです。

部下も、「どうせそういうものだから」と諦めないでください。間違いなく、少しずつ世の流れはいい方向に向かっています。私が15年ほど前に企業研修で教えていたある生徒が、今は企業で役員を務めています。彼がまだ若かった頃、会議の場で副社長からなじられすごく苦しい思いをしている姿を間近で見てきました。彼は、自分はそういう上司にはならないようにと、役員会議の場でも部下に対する言葉遣いや振る舞い方、フィードバックの内容についてすごく考えています。働き方改革やハラスメント問題への意識の高まりもあり、その企業ではここ数年で役員会議の場の雰囲気は少しずつ変わってきています。こうした時代の流れに取り残されないよう、勇気を持って上司と向き合ってください。

―考え方が変わったとして、具体的なアクションとして、すぐに取り組めることはありますか?

DMのプロセスのファーストステップである「ビジョン・ステートメント」を、どんなテーマでもいいのでやってみることをオススメします。まずは、自分の手の届く範囲のメンバー、そして課題で構いません。いきなり、会社全体のことを考えようとしても難しいですし、具体的な行動に移しづらいですよね。課長だったら自分の課のメンバー、部長だったら自分の部のメンバーだけで構いません。テーマも、ビジネスにおける具体的課題でもいいですし、「エンゲージメントを高めるには?」というテーマでもいいと思います。

やり方は簡単です。取り上げるテーマに対して「これから何をしようとしているか(WHAT)」「なぜやろうとしているか(WHY)」「何ができたら成功と言えるのかという成功の定義(SUCCESS MEASURES)」を話し合って決めていくのです。この過程において、様々な意見が出ます。現状への不満、あるいは不安などネガティブな意見もたくさん出てくるでしょう。こうした話し合いによって、「チームとしてどういう課題認識を持ち、何を目指しているか」というビジョン・ステートメントが、協働作業として作成され共有化されていくのです。

―最初だからこそ、様々な意見を出し合うことが重要になってくるんですね。

そうです。長い場合だと2〜3時間かかる場合もありますが、このファーストステップで意見を出さずに溜め込んでしまうと、その人は後々の議論に後ろ向きになってしまいます。「ビジョン・ステートメント」では、相手の意見に反対することも厭わず、様々な意見を徹底的に出し合ってください。衆知を結集するために必要なチームとしての力が、こうした対話を通して培われていきます。新国立競技場建設の問題においても、この最初の部分をおろそかにしたばかりに、その後の議論が空回りした可能性も高いですからね。

“最強の意思決定”に天才は必要ない

―いいチームになる最初の一歩ですね。

はい、その通りです。ここから先のDMの手法を知りたい方は、ぜひ本書を手に取ってみてください。DMを活用して、衆知を結集し、知恵を錬成していくと高い確度で、包括的かつ実行可能性が担保された納得解を手に入れられます。

もう少し具体的に言うと、プロセス前半の定性的な議論においては、毎回とは言えないものの、3〜4回に1回は、想定されていなかったクリエイティブな選択肢が粗削りながら生まれてきます。そして、プロセス後半での定量的な検証によって、選択肢がブラッシュアップされ、最終的にレベルの高い納得解がチーム全員の力で作り上げられていく。これこそが、“最強の意思決定”なのです。

―そして、その過程において“天才”は必要ない、と。

はい、定性的な議論においては、天才的なアイデアを出す必要はありません。定量的な検証においても、難しい関数や数式は必要ありません。決して天才を否定する訳ではありませんが、DMには、天才は1人も必要ないのです。仮に、天才がいたとしたらその才能をさらに引き出すことができるでしょう。

DMを活用するには、それぞれが「立場の異なる協働作業者」として、リスペクトし合いながら、活発に、そして適切な議論をできるチームがあればいい。1つでも多くのチームが病に気付き、“最強の意思決定”ができるようになってほしいと願っています。

 

スタンフォードで学んだ最強の意思決定」ぜひ読んでみてください!

 

ABOUT COMPANY企業情報

ディシジョンマインド社

主な事業: エデュサルティングをベースとした企業研修、新規事業開発・R&Dマネジメント・事業戦略策定・投資意思決定に関するコンサルティング
設立年: 2002年

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